「やらなきゃ」
「こうあるべき」
そんな言葉が、心の中で重石のように居座っていませんか。
とくにストレングス・ファインダーの診断結果で「責任感」が上位にある人は、おそらく「べき思考」に縛られがちになっているんだと思います。
朝、窓から差し込む柔らかな光に包まれながらも、「今日もやるべきことが山積みだ」と、知らぬ間に自分の心に鞭を打ってしまう瞬間。
私がそうでした。毎日会社に行くのが苦しかった。
でも今考えると、その「~すべき」「~しなければ」は、何かを本気で大切に想っている証拠だったんです。
「責任感」の贈り物と落とし穴
「責任感」という強みは、誰かのために誠実でいよう、約束したことを守り抜こうとする、とても温かな力。
だからこそ
- どんな小さな約束も忘れずにいたい
- 頼られると応えたくなる
- 「いい加減な自分」でいたくない
そんな思いが、知らず知らずに「べき」という鎧になって、心をガチガチに固めてしまうことがあります。
でも、「責任感」ゆえに自分ばかりが重たくなり、疲れ切ってしまったら、その優しささえも、まるで身体に合わないコートみたいに重く感じてしまうかもしれませんね。
ストア哲学がくれる自由のヒント
ストア哲学のエピクテトスたちは「自分でコントロールできること、できないことを分けよう」とそっと語りかけます。
・自分の感情や選択は自分で選べる
・他人の思いや状況は、思い通りにならない
「べき」で焦るときは、いったん立ち止まって、「これは自分次第?それとも、どうにもできないこと?」と自分に尋ねてみてください。
コントロールできない「べき」は、そっと手放してみる。
その分、心にあたたかな余白が生まれるかもしれません。
仏教の無常観 変わりゆくことを受け入れる
仏教では「すべては移ろいゆく」と教えています。
どんなにベストを尽くした日も、失敗してしまった日も、同じように過ぎていきます。
「ずっとこのままでなければならない」
「完璧でなければいけない」
という思いを、無常観の風に乗せてみましょう。
そうすると、「今この瞬間」を、ちょっとゆるやかに許せる自分になれます。
「ありたい」へ、そっとシフト
「~すべき」で自分を縛りつけるより、「本当はどうしたい?」と問いかける練習を始めてみてください。
べきを手放すのは、怠けではなく、しなやかに、豊かに生きる一歩です。
もし責任感の強さに疲れたら、
- 一呼吸おいて自分をねぎらう
- 今の自分に優しく「大丈夫」と声をかけてあげる
- 完璧じゃない日も、まるごと認めてみる
そんな余白が、日々の心に光をともしてくれるでしょう。
私も日々ゆらぎながらですが、悔いのない人生を歩むため自分の気持ちを大事にしています。
そんな日々を、一緒にそっと歩んでいけたら嬉しいです。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。